こばっちの徒然ブログ

日々の雑感、読んだ本や見た洋画の感想綴っています。イギリス文化多め

地方公務員としての苦悩、そして・・・

今までは特に記載していませんでしたが、私は地方公務員です。公務員って叩かれやすい職業だからちょっと伏せて置いたのですが、この頃は思うところがあり、これから公務員を目指そうとする方々に少しでも情報提供出来ればなと思い、新しいカテゴリーを開設し、記事を少しずつ書いていくことに決めました。私が勤めているのはとある小さな地方の役所です。全ての役所がこうだとは思いませんが、小さい地域の役所だとこういう所もあるのだなと参考程度に留めて頂ければ。

 

公務員と言えば福利厚生がきちんとしていて、収入が安定している、リストラがないということで今の時代では人気の職業の一つかと思われます。ちなみに私は親がどちらも公務員で成り行き(笑)でなりました。しかし、この公務員という職業、合わない人には徹底的に合わないのではないでしょうか。私はそれを悟るまで8年かかりました。

 

さて、私の勤めている役所ですが、今現時点での状況を一言で述べるとこれはひどいに尽きると思います。(※あくまで私個人の視点です)

 

勿論、ちゃんとしている部署・職員の方も多数いますが全体的にレベルが落ちてきている感は否めません。私が入ったばかりの頃は仕事の出来る&仕事に対する意識の高いベテランの職員さんがそれなりにいたのですね。その中には個人として尊敬できる方もいました。しかし、それから8年が過ぎ、そのベテランの方々は早期なり定年なりで退職をしていきました。そういう方々がいなくなってしまったので、「馴れ合い」・「なあなあ」・「仕事の出来が・・・」が少しずつ広がってきています。

 

仕事に来ているのか、遊ぶためやおしゃべりのために来ているのか分からない職員が

(正規・臨時共に)おります。

 

私が入ったばかりの頃の記憶では皆ちゃんと静かに仕事をしていました。しかし、そんな状況も変化するのですね。今現在、私のストレスの元凶となっている隣の部署では一日中おしゃべり・笑い声が絶えない状況です。議会で管理職がほぼいなくなる日なんて最悪です。それで一時耐えられなくなり、その部署の上司だったり、役所を総括している部署の人にお願いをしたこともあります。けれども、それは変わらず・・・・・・というか特定の人だけではなく、部署全体でうるさくなっている。つまり悪化したということ。その人達がちゃんと仕事をしているかといえばそうでもなく、こまごまとしたミスが目立つ。

 

他の部署でも小さなミスが結構出てきています。上のチェック機能が働いていない。初歩的な間違なのに誰も気づかない。こちらで気付いて連絡をしても、次回以降直らない。こちらで取りまとめて提出するものがあるので、ずっと待っているが期限内に来ない。

 

前までは気付く度に各部署に連絡をしてその都度直してもらっていました。お金をもらって働いている以上当然のことだと考えているからです。そして、地方公務員である以上条例に則った仕事をしなければならない。しかし、こちらがいくら自分なり、上司を通してなり伝えても改善されることがほとんどない。改善しようと意欲がないのか、余裕がないのかは分かりません。

 

また、私の職場の雇用制度は独特で臨時職員でも更新すれば辞めずにいることが出来ます。長年いる臨職さんも大勢いますが、上記のように一日中おしゃべりしている人もいれば正職員より頼りになる方もいると様々です。

やはり安く雇えるということなのか、年々臨時職員が多くなりつつありますが、正職員と違って異動がありませんし、責任の取る仕事もさせてもらえません。それが馴れ合いに拍車をかける一つの要因なのかもしれません。でも、何かあって住民・議員の責めに会うのは正職員です。(※ここ大事)臨時職員が何をしようとも言われません。それどころか地元特有の長年の付き合いなのか仲が良いです。うちの職場では。

 

今の状況・・・ベテラン職員の方々がいなくなったことで悪くなっていく一方です。「悪いものを悪い」と厳しく言える人がいなくなった、気付ける人がいなくなった。

 

むしろ私のような細かいミスに気付いてしまう職員は鬱陶しい存在になっていくのかもしれない。もしかしたら、これは時代の流れなのかもしれないな・・・と最近少しずつ思うようになりました。

 

散々愚痴っぽい言い方になってしまいましたが、私が馴染めないで勝手にモヤモヤし怒っているだけでその世界を否定するわけではないです。

事実住民の方は昔ながらいる職員とは仲良しですし、仕事がきちんとされていなくても気にならないようです。大多数の人が変化を望んでいなければ、1人が頑張って変えようとしてもそれは大変な作業ですし何よりおこがましい。(特に私のような余所者は)

 

地方公務員とは地域住民にサービスを提供するのが仕事だと思いますが、住民さんが何を望んでいるかを知るというのが最も肝心。つまり、何か新しいことをしようとしても住民さんが望んでいなければ無意味であるということです。役所の実態がどうであれ、住民さんが満足していればそれでいい。

 

裏を返せば大らかに物事を考え、捉えられる人にとっては適職とも言えるかもしれません。ほどほどの仕事で良い人、ほどほどの緩い人間関係が好きな人ですね。あと、皆でわいわいやるのが好きな元気な人。小さな地域だと結構イベントだったり、飲み会があるので。

 

小さな地方はそれだけ昔ながらの濃厚な人間関係が出来上がっています。だからこそ、馴れ合いになりやすい、楽な方に流れやすいのかもしれません。それはそれで一つの世界です。それゆえの助け合いも出来る世界です。ただ、私は馴染めなかったのでいずれ去るつもりでいます。

 

元々成り行きでついた仕事で、新しく何かやりたいという気概も持ち合わせていない身分のため偉そうにとやかく言うのは本来筋違いです(苦笑)

 

そんなわけで、これから公務員を目指したい皆さん自分に合うかどうか徹底的に考え抜いてから試験を受けて下さいね!

 

 

 

「爆転シュート ベイブレード」から垣間見えるロシアの事情

私は子供時代少女漫画より少年漫画が好きで、コロコロコミックを買って読んでいました。一人っ子で男兄弟がおらず、買うのが恥ずかしくて親に買ってきてもらったりしたこともいい思い出です(笑)

その中で好きだった漫画の一つに「爆転シュートベイブレード」があります。ベイブレードというベーゴマホビーを題材にした漫画です。そのベイブレードを使って相手と勝負をする、全国・世界トーナメントを目指すという少年ものの王道です。

 

色々な国のチームが登場するのですが、その中に最後の強敵ポジションでロシアチームがいます。彼等だけは他の国のチームと比べると、かなり暗く殺伐としています。ビジュアルも年相応の少年達ではなく、軍人スタイルなのです。リアルタイムで見ていた当時は「いかにも少年漫画チックな敵だな~」くらいにしか思っていなかったのですが、世界史に興味を持って勉強をしているとなかなか暗い事情があることが分かりました。

ベイブレードの舞台は1990年代末期から2000年代初期ですが、この時代から約10年前、ロシアにはある大きな歴史的事件が起きています。それは・・・

 

ソ連崩壊

 

ソ連が崩壊した時、私は幼児でしたが覚えていません。世の中のことを認識出来るようになった年頃にはロシアは既にロシアでした。なので、親・祖父母世代や少し古い漫画でロシアのことを「ソ連、ソヴィエト」と言っているのが何のことか分からなかった。

「ロシアはロシアでしょ?」って。

 

ベイブレードはコロコロの漫画なので、主要人物は少年達です。年齢は10代前半から半ばくらい。ロシアチームの子達も同じ年齢なので、そこから差っ引いて考えると生まれたのは私と同じくらいの1980年代末期から1990年代初め。なので、彼等は乳幼児の頃にソ連崩壊をもろに経験しているのですね。

ロシアチームのリーダーであるユーリと腹心のボリスの生い立ちを書いた小説も、漫画原作者の青木先生のサイトで発表されているようです。それを見るとやはり、ソ連崩壊の影響で家庭が壊れてしまったことが示されています。

また、アニメのロシア編では修道院で大勢の子供達がベイブレードを使った軍事的訓練を受けているのですね。この子達もまたどこか陰鬱なオーラを纏っています。もしかしたら、小説のユーリのような家庭の事情で修道院に孤児として連れて来られた、もしくはやって来た子達なのかもしれません。

どうして、ロシアチームだけがこれほど殺伐としているのか、ロシア編だけどうしてこれほど暗く陰惨な感じがするのか・・・余りにもリアルなお国の事情があったからなんですね。

そして、原作・アニメの両方でロシアチームの統括者であるヴォルコフという大人キャラが出ます。この人はいかにも悪人チックで、ベイブレードと子供達を使って世界征服を企むという漫画ではよくある設定のキャラですが、上記のお国の事情を考えるとそんな考えに突っ走ってしまったのも頷ける気がします。彼は若い頃に国の体制ががらりと変わるということを経験しています。社会主義共産主義、冷戦時代を肌身で感じてきていた世代だと思いますし。世界征服なんてことを考えだしたのは、資本主義国だったり崩壊してしまった祖国に対する報復の意味もあるのかなと想像してみたり。

 

原作者の青木先生や製作スタッフもニュースや新聞で当時のソ連崩壊を知っている年代の人達なので、ロシアチームに対してはそんな背景を意識しているのかもしれません。

 

ちなみにロシアチームの名前は「ボーグ」と言います。ボーグとはスラブ神話の神様の名前で、光や善を司るのが「ベロボーグ」、反対に闇や悪、死を司るのが「チェルナボーグ」です。チェルナボーグはディズニーの音楽映画・ファンタジア「禿山の一夜」に巨大な悪魔の姿として登場しています。

 

ベイブレードは子供向けの漫画・アニメですが、こういう細かいところがきちんと作り込まれているのが凄いなと大人になった今思います。

 

 

読書感想 「ハプスブルクの宝剣」(藤本ひとみ)

一時藤本先生の西洋歴史小説にはまって読んでました。藤本先生の作品の中で私の好きなもののひとつです。ネタバレあります。

 

あらすじ

ドイツのフランクフルトで両替商を営むユダヤロートシルト家。その長男エリヤーフーは養子ながらも大切に育てられ、外国へ留学もさせてもらえた。しかし、ユダヤ人を取り巻く状況は決して良いものではなく、帰国したエリヤーフーはそのユダヤ人の地位を向上に取り組む。けれども、周りの伝統主義のラビ(ユダヤの律法学者)には理解してもらえず、エリヤーフーは苦悩する。そして、愛する女性を巡って決闘を起こす。それにより人を殺してしまった彼はユダヤを捨てる決意をし・・・

 

日本人が書いたと思えないほど、ユダヤ人青年の苦悩・アイデンティティの揺らぎが描かれています。少女漫画的シーンも多いのですが、「民族とは何か」について強く考えさせられます。エリヤーフーはフランツ1世や彼の妻である女帝マリア・テレジアと出会い、オーストラリア人として生きることを誓います。けれども、それは「ユダヤ人であることを誇りに思いたい、ユダヤ人として認められたい」ことの裏返しだったということが後半で語られます。その証に家族は捨てられなかったり、自分がドイツ語に翻訳した律法が認められると嬉しく思ったり・・・

 

作中、家を捨てたエリヤーフーが家族と再会するシーンが2回あるのですが、家族は彼を責める素振りは一切見せないんですね。それどころかずっと家族として愛しているのです。(ちなみにエリヤーフーは拾われた子で、この家族とは血の繋がりがないんです。)このシーンがもう泣けて泣けて・・・(;_:) 読む返す度に目が潤んでしまう!家族も彼がユダヤ人としてどれほど悩み、傷ついたかを知っているから家から送り出したんですね。

 

エリヤーフーが作中で二人の女性と深い関係になります。それは単なる恋仲ではなく、自分のアイデンティティに関わる女性達です。

1人は上記のマリア・テレジアハプスブルク家出身の皇女で後に女帝と呼ばれます。夫はフランツ1世。(この二人はあの革命に散ったフランス王妃マリー・アントワネットの両親です)

神聖ローマ帝国を治めるハプスブルク家キリスト教の守護者の家でもあります。なので、ユダヤ人を蛇蝎のごとく毛嫌いしています。ユダヤ人が何故嫌われるのか・・・という理由の一つには「メシアたるイエスを殺したから」というのがあると作中で語られています。案の定、テレジアはエリヤーフーがユダヤ人であると知ると、激しい憎悪を抱きます。同時に愛情も抱いていますので、歪んだ愛情を彼に対してぶつけ続けます。けれども、最後には「伝統や慣習にそのまま従うことだけが善ではない」と息子たちに言い聞かせます。再びユダヤとして生きる決意をしたエリヤーフーの生き様を見て、考えを改めたのです。これがのちの女帝と呼ばれる姿に繋がっていくのではないでしょうか。

 

長くなりましたが、もう一人の女性がアーデルハイドアルプスの少女ハイジと同じ名前!)。彼女はエリヤーフーが決闘をすることになったきっかけの人物です。良家の出ですが、ユダヤ人に対する偏見はなく、エリヤーフーがユダヤであることを知った上で恋仲になりました。そんなこんなで独身を貫いていた彼女ですが、終わりの頃になるとエリヤーフーとアーデルハイトが結婚を誓うシーンがあります。

 

この二人の女性はエリヤーフーの合わせ鏡のような存在です。エリヤーフーがユダヤを捨ててオーストリア人・エドゥアルトになった時に愛し合うのがテレジアです。(そして、それぞれユダヤを憎んでいる) そして、エリヤーフーがユダヤであることを受け入れている時に愛し合うのがアーデルハイト。それぞれユダヤに対する憎しみはありません。

 

そして・・・衝撃のネタバレになることですが、エリヤーフーは実はユダヤ人ではなかったのです。不義の子であった彼は生後すぐ実母に捨てられ、殺されそうになります。その時、彼は子供を欲しがっているユダヤ人女性に拾われるのですが、その女性は事故で亡くなり、最終的にロートシルト家に引き取られるわけです。

 

エリヤーフーはこの事実をテレジアから知らされますが(彼女はアーデルハイトから知らされる)、この時の彼は既にユダヤに戻る決意をしていたので特にうろたえる様子もなく、毅然とテレジアに向かって「自分はユダヤ人として悩み、苦しみ続けた。そんな自分がどうしてオーストリア人であろうか」と言うのです。うわーん・・・感動!(涙)

 

もし彼が、その事実をオーストリア人になっている時に知ったら彼は喜んだだろうか?一時的には喜んだかもしれないが、結局はユダヤに戻ったことでしょう。

またロートシルト家の人達はこの事実は知らないのですが、仮に知ったとしたらエリヤーフーを家族として認めないか?いや、彼等の関係は何も変わらなかったでしょう。

ロートシルト家の家族の絆はどこまでも強く、美しい。これがこの作品の見どころの一つでもあります。

 

エリヤーフーは紆余曲折を経てユダヤに戻る決意をしたわけですが、最後はある女性に拳銃で撃たれてしまい意識不明・・・彼が助かるか助からないかのシーンで物語は締めくくられます。(この女性はエリヤーフーが決闘で倒した男性の母親ですが、後に実母であることが分かります。)

 

エリヤーフーは復活したのでしょうか?それは作中では語られないまま終わりいます。ですが、きっと助かったのでしょう。・・・というのも、ロートシルト家というのは、後のユダヤの大財閥・ロスチャイルド家だからです。

調べて分かったのですが、エリヤーフーの養父モシェ・ロートシルト、義弟アムシェル・モシェ・ロートシルトは実在の人物なのです。エリヤーフーがフランクフルトに戻った時、アムシェル・モシェの子であるマイヤー・アムシェルという子に会うのですが、このマイヤー・アムシェルこそがロスチャイルドの基礎を築いた方なのです。確証はありませんが、年代が一致するのと藤本先生は西洋歴史に通じているお人なのでおそらくそうでしょう。ウィキペディアにも載っています。

 

おそらく無事復活を遂げたエリヤーフーは影となり、甥であるマイヤー・アムシェルをサポートしてロスチャイルドを盛り立てたのでしょう。エリヤーフーの安否がはっきりしなかったのも、ロスチャイルドにとっては始まりだったからなわけで。

藤本先生の、史実とフィクションの繋ぎ方のうまさに脱帽です!

 

あと、主人公の名前をエリヤ―フーにしたのが良いチョイスだと思います。

父のモシェはユダヤ預言者モーセのドイツ語読み、エリヤーフーは同じくユダヤ預言者エリヤのドイツ語読み。モーセとエリヤは旧約聖書で重要な位置を占めていますが、新約聖書でも旧約時代の人物の名前が出てくるのはこの二人だけなんだとか。

 

タイトルは「ハプスブルクの宝剣」ですが、裏タイトルをつけるとすると「ロスチャイルド誕生秘話」でしょうか。ハプスブルクとタイトルがついているのに、実はロスチャイルド誕生前夜のお話であるのが何ともひねっています。

 

上下に分かれている長編小説ですが、民族について考えるにはとても良い小説だと思います。

 

 

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ただいま燃え尽き中(※ただし仕事に限る)

今日は珍しく日常のことについて。

当方社会人で、ある職場に勤めています。どんな仕事でも多かれ少なかれ大変なこと、つらいことはあると思います。私も以前はそんなことで頭を悩ませておりました。今は別のことで悩んでいます。人間関係が・・・とか業務内容が・・・とかいうより、自分の人生の根幹に関わることについての疑問です。まず以下の二点に絞られます。

 

1・元々好きで就いた仕事ではなかった。

 

2・職場の雰囲気に対する果てしない疑問。

 

1については成り行きで今の職業に就いた人も大勢いると思いますが、私はちょっと違いまして、これはまた後日書きます。これについては自分なりの折り合いがついたので。今私の頭の中に満ちているのは2の問題です。

私の職場は、私だけが感じているのかもしれませんがとにかくぬるい。田舎の小さな職場なので当然と言えば当然かもしれません。でも、ぬるい。

私は自分で言うのも何ですが、割と真面目に仕事はしてきたほうです。お金をもらっている以上それは当然だと思いますし、今の業務に対する情熱はほとんど持ち合わせいませんが、それでも最低限のラインはきちんとやりたいと思って頑張ってきました。

 

・・・・・・

 

ただいま現時点、その最低限のラインも難しくなりつつあります・・・というのも職場のぬるさに起因します。職場のせいにするのはよくないでしょうが、こうでも書かないと私の中の限界点がちらほら見え始めます。

周りの方々の仕事意識が・・・まあ、低いというか。あれなんですねー。上記の最低限のラインも怪しい方々が非常に多くて。たとえば、提出期限を守らない、連絡しても守らない、何回言っても改善される余地がない(言い方は責める口調ではなく割と丁寧に言っています)、一日中バカみたいに笑ってはおしゃべりばかり。

 

はあ・・・・

 

今までは信頼できる方に相談したり、愚痴をこぼしたりして何とか持ちこたえていました。でもね。

 

本当に失望する、呆れ果てると愚痴すら出ない。相談しようと気が起きないんですね。

 

自分だけが何とかちゃんとやろうと思っても、周りがそうだと段々気が失せる。それに加えて他の上司の人もそんな部下を叱ることもない。もう無理だ・・・諦めよう。そんな気になってしまう。

 

勿論、責任感を持って仕事をしている方、出来る方もたくさんいますが、そうでない人の割合が多いかもしれない。

 

それに、私の部署と接点のない仕事がとにかく多くて、多分そこまで気が回らないというのもあるんだと思います。比べて私の部署はまだ余裕がある。だから、余計に言いにくい。

 

そんなこんなでちょっとお疲れモードの私です。なので、自分で心に決めた上記の最低限のラインも守れなくなってきています・・・もうどうでもよくなってきました。だって、ちゃんとやらなくったって仕事は回るんだもの。それに気付いて注意する人もいないんだもの。

 

トップが変わって少しよくなるかと思えば、そうでもない。もうそういう体質なんですね。馴れ合いとなあなあが横行する職場。きっと変わらない。皆もそれで納得している。変えたいとも思っていない。ぬるま湯の中で真面目に仕事をやろうと思えば、こっちの方がおかしい人間になる。職場を変えようということ自体傲慢ですよね。だったら、余計なことは言わず、せずに大人しく引っ込んでいるのが得策。というかそうでもしないとエネルギー量の少ない私は壊れてしまう。

 

きっとそう遠くないうちに今の仕事辞めているだろうな。本当に辞める決意をすると、これまた誰にも言いたいと思わなくなるんですね。

 

今やめるとお金の面で無謀なのですぐにはしませんが、やりたいと思っていることは胸に秘めているのでそれに向けて少しずつ努力しています。ブログを書き始めたのもそういう目的からです。私生活の面では楽しくてたまらないんですけどね(笑)

あと、好きなことをしたくて一か月くらい休職したいなとも思ったりしましたが、休職ということは職場にカムバックするためのリフレッシュ期間。だが、私はリフレッシュしたいわけじゃない。今の職場を離脱する。それが最終目標なので。

 

そして、意外に趣味に救われています。つらくなった時、パイソンズのことやピーターセラーズのことを思い浮かべています。彼等はある種の天才でぶっ飛んだ常識はずれの人達が多いのですが、それだけの功績を残している。何より常にあがき続けながら必死に生きてきた人達だと思うので。

 

愚痴っぽくなりましたが、今日は仕事についての悩みを語りました。今後も自分の人生観などについても書いていきまーす。

 

 

映画感想 「雨に唄えば」(1952年 アメリカ)

有名なミュージカル作品です。

 

あらすじ

サイレント映画からトーキーに変わる時代のアメリカが舞台。映画スターのドン(ジーン・ケリー)とリナ(ジーナ・ヘイゲン)は恋仲と噂されていたが、リナが彼に一方的に惚れているだけだった。そんな中、ドンは駆け出しの女優キャシー(デビー・レイノルズ)と恋仲になる。やがて、トーキー映画が話題になりドン達の会社もそれを作ることになる。しかし、サイレント映画とは違う制作方法に俳優、スタッフ達は苦戦を強いられ・・・

 

この映画を見た時、ちょっと落ち込み気味だったのですが明るい歌とダンスに元気をもらえました。

主役のジーン・ケリー(ドン)と友達役のドナルド・オコナー(コズモ)のダンスが素晴らしい!現実であんな動きを出来る人がいるのか・・・とひたすら驚きです。先日、ニンゲンモニタリングでEXILEがキレッキレのダンスを披露していましたが、この頃からあったんですね。

 

ジーン・ケリーは初めて見た俳優さんですが顔立ちが整っていてとてもかっこいいです!この間、フィッツジェラルドの「グレートギャツビー」を読了したのですが、彼を見た瞬間に「この人ギャツビーだ!」って思いました。(ギャツビー関係の映画は全て未見) ドナルド・オコナーがニックをやったら結構面白そうな気がします。あと、オコナーはダニー・ケイかと勘違いしましたが巻き戻してクレジット見たら違いました。でも、あの金髪とか柔和な顔立ちは似ていますね!

リナは決して下手な女優さんではないのだけれど、それに胡坐をかいてしまって向上心をなくしてしまった人なのかな。きっと実力や女優業にかける情熱はキャシーの方が上だったんですね。でも、リナを演じたヘイゲンもキャシーを演じたレイノルズもどちらも可愛くてチャーミングな女優さんでした!

 

最後、調子に乗ったリナが驚きの行動に出てドンとコズモと社長が3人でひそひそ話する展開が笑えました。社長さん、偉そうな感じがしなくてリナに振り回されてたじたじになっているのがおかしい(笑)登場人物に悪者がいないのもほのぼのしていて良い感じ。

 

イギリス映画にはまっていますが、アメリカンも好きなんですよね。特にミュージカルは見ていると元気がわいてくる(*^_^*)

 

 

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漫画「おーい!竜馬」に出てくるあの外国人

中学生の時、親が知り合いから「おーい!竜馬」を借りてきました。歴史好きだった私にしきりに勧めてくるのですが、私は興味を示さず。でも、とうとう折れて読み始めると、親以上にはまって自分で本を買うようになりました(笑)

 

この作品にはある外国人が登場します。

その名はジョン・エリック。オリジナルキャラながら、竜馬と同じ土佐出身のジョン万次郎との接点を持たせた重要キャラです。作中で多くは語られていませんが、このジョン・エリック、実はユダヤ人(もしくはユダヤ系)だったのではないか・・・と思われます。

遭難した彼が土佐で初めて竜馬に出会った時、坂本家の家紋を見て自分のお守りを取り出すのですがそれがダビデの星六芒星)」なのです。子供心に「外国の人なのに十字架じゃないんだ・・・」とは思っていましたが、今考えると彼はユダヤ系の人だったのでは?という気がしてなりません。こじつけかもしれませんが、本国に帰ったあと商人として成功していることもそうなのかも(一般的なユダヤ人のイメージはお金の遣り繰りが上手)

 

もしかして、武田先生もしくは小山先生は「欧米社会で虐げられてきたユダヤ人」と「土佐の中で虐げられてきた郷士」という共通点でジョンと竜馬を繋げたのかなと私は推測しています・・・本当のところはどうかわかりませんが。

笑い、品性、知性、教養

「特定の人を執拗にいじる」という笑いが苦手です。平等に公平にいじったり、いじりが度を過ぎていないものなら大丈夫なのですが・・・昔、とあるギャグマンガが好きで見ていた時期があったのですが、上記のようなことがあって読まなくなりました。段々キャラいじりがいじめになっているように見えて。あとお笑い番組等でやる「容姿ネタ」も苦手です。女性芸人の方々が「いじられてなんぼ」と思っていたとしても、自虐ネタとして使っていたとしても、そういう容姿をネタにすることでしか笑いは取れないのでしょうか?もっと面白そうなネタはありそうなんですが・・・

 

私が今一番はまっているお笑いというのがイギリスのモンティ・パイソンなのです。このグループもなかなか攻撃的で前衛的で、いろんなもの(同性愛、人種、階級etc.)をネタにいじりまくっていますが、あそこまで突き抜けて全力でやっているとむしろ清々しいです。自分達の国の王室や宗教ネタですらやってしまうんですから。(というか、そういうことをバカにしている自分達さえも笑いにしている?)

下品でぶっ飛んでいて、それでいて時には知識や教養を必要とするネタを繰り出してくる・・・こんな笑いがあるものなんですね。ネタ自体は前述のとおり、下ネタ満載だったりするのですが、その中にもどこか知性や品を感じさせるのです。ブリティッシュコメディにおいて彼等の先輩格にあたる、私の好きな俳優ピーター・セラーズもまさにそんなタイプです。彼の演じたクルーゾー警部はまさに「笑いの神に愛された男」でして、作中でもとにかく派手に動く動く。そして、美女とのうふふな展開も多いのに、不思議と下品な感じはしないのです。クルーゾー警部のようなキャラに知性と上品さ、色気を持たせるのはまさにピーター・セラーズであればこそだったのでしょう。(彼に限らずイギリスの俳優さんは皆どこかそんな上品さを持っていますが)

 

あと、アニメのキャラそれを体現しているのがルパン三世。彼はスケベで不二子ちゃんにパンツ一丁でダイブしたり、彼女以外でも美女と見れば鼻の下を伸ばす・・・そんな女好きな男ですが、彼もまたノーブルであり知性と教養を感じさせるタイプなんです。その優雅さは貴族にも通じ、さすがアルセーヌの血筋です。

 

下品さや騒々しさの中から垣間見える上品さ、知性、教養、あのからくりはどうやったら出来上がるのでしょう?不思議でなりません。

 

日本のお笑いでも歴史や文学を扱ったネタをやったら結構面白そうな気もします。勉強にもなりますし。さすがに王室ネタとかになると無理でしょうが(苦笑)