さめないゆめ・・・

HSP・内向型人間が綴るブログ。日々の雑感、自分が自分であること、人生について、本や映画の感想(イギリス、ヨーロッパ多め)などについて書いています。

読書感想 「ハプスブルクの宝剣」(藤本ひとみ)

一時藤本先生の西洋歴史小説にはまって読んでました。藤本先生の作品の中で私の好きなもののひとつです。ネタバレあります。

 

あらすじ

ドイツのフランクフルトで両替商を営むユダヤロートシルト家。その長男エリヤーフーは養子ながらも大切に育てられ、外国へ留学もさせてもらえた。しかし、ユダヤ人を取り巻く状況は決して良いものではなく、帰国したエリヤーフーはそのユダヤ人の地位を向上に取り組む。けれども、周りの伝統主義のラビ(ユダヤの律法学者)には理解してもらえず、エリヤーフーは苦悩する。そして、愛する女性を巡って決闘を起こす。それにより人を殺してしまった彼はユダヤを捨てる決意をし・・・

 

日本人が書いたと思えないほど、ユダヤ人青年の苦悩・アイデンティティの揺らぎが描かれています。少女漫画的シーンも多いのですが、「民族とは何か」について強く考えさせられます。エリヤーフーはフランツ1世や彼の妻である女帝マリア・テレジアと出会い、オーストラリア人として生きることを誓います。けれども、それは「ユダヤ人であることを誇りに思いたい、ユダヤ人として認められたい」ことの裏返しだったということが後半で語られます。その証に家族は捨てられなかったり、自分がドイツ語に翻訳した律法が認められると嬉しく思ったり・・・

 

作中、家を捨てたエリヤーフーが家族と再会するシーンが2回あるのですが、家族は彼を責める素振りは一切見せないんですね。それどころかずっと家族として愛しているのです。(ちなみにエリヤーフーは拾われた子で、この家族とは血の繋がりがないんです。)このシーンがもう泣けて泣けて・・・(;_:) 読む返す度に目が潤んでしまう!家族も彼がユダヤ人としてどれほど悩み、傷ついたかを知っているから家から送り出したんですね。

 

エリヤーフーが作中で二人の女性と深い関係になります。それは単なる恋仲ではなく、自分のアイデンティティに関わる女性達です。

1人は上記のマリア・テレジアハプスブルク家出身の皇女で後に女帝と呼ばれます。夫はフランツ1世。(この二人はあの革命に散ったフランス王妃マリー・アントワネットの両親です)

神聖ローマ帝国を治めるハプスブルク家キリスト教の守護者の家でもあります。なので、ユダヤ人を蛇蝎のごとく毛嫌いしています。ユダヤ人が何故嫌われるのか・・・という理由の一つには「メシアたるイエスを殺したから」というのがあると作中で語られています。案の定、テレジアはエリヤーフーがユダヤ人であると知ると、激しい憎悪を抱きます。同時に愛情も抱いていますので、歪んだ愛情を彼に対してぶつけ続けます。けれども、最後には「伝統や慣習にそのまま従うことだけが善ではない」と息子たちに言い聞かせます。再びユダヤとして生きる決意をしたエリヤーフーの生き様を見て、考えを改めたのです。これがのちの女帝と呼ばれる姿に繋がっていくのではないでしょうか。

 

長くなりましたが、もう一人の女性がアーデルハイドアルプスの少女ハイジと同じ名前!)。彼女はエリヤーフーが決闘をすることになったきっかけの人物です。良家の出ですが、ユダヤ人に対する偏見はなく、エリヤーフーがユダヤであることを知った上で恋仲になりました。そんなこんなで独身を貫いていた彼女ですが、終わりの頃になるとエリヤーフーとアーデルハイトが結婚を誓うシーンがあります。

 

この二人の女性はエリヤーフーの合わせ鏡のような存在です。エリヤーフーがユダヤを捨ててオーストリア人・エドゥアルトになった時に愛し合うのがテレジアです。(そして、それぞれユダヤを憎んでいる) そして、エリヤーフーがユダヤであることを受け入れている時に愛し合うのがアーデルハイト。それぞれユダヤに対する憎しみはありません。

 

そして・・・衝撃のネタバレになることですが、エリヤーフーは実はユダヤ人ではなかったのです。不義の子であった彼は生後すぐ実母に捨てられ、殺されそうになります。その時、彼は子供を欲しがっているユダヤ人女性に拾われるのですが、その女性は事故で亡くなり、最終的にロートシルト家に引き取られるわけです。

 

エリヤーフーはこの事実をテレジアから知らされますが(彼女はアーデルハイトから知らされる)、この時の彼は既にユダヤに戻る決意をしていたので特にうろたえる様子もなく、毅然とテレジアに向かって「自分はユダヤ人として悩み、苦しみ続けた。そんな自分がどうしてオーストリア人であろうか」と言うのです。うわーん・・・感動!(涙)

 

もし彼が、その事実をオーストリア人になっている時に知ったら彼は喜んだだろうか?一時的には喜んだかもしれないが、結局はユダヤに戻ったことでしょう。

またロートシルト家の人達はこの事実は知らないのですが、仮に知ったとしたらエリヤーフーを家族として認めないか?いや、彼等の関係は何も変わらなかったでしょう。

ロートシルト家の家族の絆はどこまでも強く、美しい。これがこの作品の見どころの一つでもあります。

 

エリヤーフーは紆余曲折を経てユダヤに戻る決意をしたわけですが、最後はある女性に拳銃で撃たれてしまい意識不明・・・彼が助かるか助からないかのシーンで物語は締めくくられます。(この女性はエリヤーフーが決闘で倒した男性の母親ですが、後に実母であることが分かります。)

 

エリヤーフーは復活したのでしょうか?それは作中では語られないまま終わりいます。ですが、きっと助かったのでしょう。・・・というのも、ロートシルト家というのは、後のユダヤの大財閥・ロスチャイルド家だからです。

調べて分かったのですが、エリヤーフーの養父モシェ・ロートシルト、義弟アムシェル・モシェ・ロートシルトは実在の人物なのです。エリヤーフーがフランクフルトに戻った時、アムシェル・モシェの子であるマイヤー・アムシェルという子に会うのですが、このマイヤー・アムシェルこそがロスチャイルドの基礎を築いた方なのです。確証はありませんが、年代が一致するのと藤本先生は西洋歴史に通じているお人なのでおそらくそうでしょう。ウィキペディアにも載っています。

 

おそらく無事復活を遂げたエリヤーフーは影となり、甥であるマイヤー・アムシェルをサポートしてロスチャイルドを盛り立てたのでしょう。エリヤーフーの安否がはっきりしなかったのも、ロスチャイルドにとっては始まりだったからなわけで。

藤本先生の、史実とフィクションの繋ぎ方のうまさに脱帽です!

 

あと、主人公の名前をエリヤ―フーにしたのが良いチョイスだと思います。

父のモシェはユダヤ預言者モーセのドイツ語読み、エリヤーフーは同じくユダヤ預言者エリヤのドイツ語読み。モーセとエリヤは旧約聖書で重要な位置を占めていますが、新約聖書でも旧約時代の人物の名前が出てくるのはこの二人だけなんだとか。

 

タイトルは「ハプスブルクの宝剣」ですが、裏タイトルをつけるとすると「ロスチャイルド誕生秘話」でしょうか。ハプスブルクとタイトルがついているのに、実はロスチャイルド誕生前夜のお話であるのが何ともひねっています。

 

上下に分かれている長編小説ですが、民族について考えるにはとても良い小説だと思います。

 

 

ハプスブルクの宝剣〈上〉 (文春文庫) | 藤本 ひとみ |本 | 通販 | Amazon