さめないゆめ・・・

HSP・内向型人間が綴るブログ。日々の雑感、自分が自分であること、人生について、本や映画の感想(イギリス、ヨーロッパ多め)などについて書いています。

今まで生きている実感がなかった私

新しいカテゴリー追加しました。
自分自身を見つめ直すために綴りますが、ネットを見るだけでも同じ悩みを抱えている方が非常に多い。悩みとは、生きづらさ、家族関係、自己肯定感についてなど・・・そのような人達の助けに、少しでもなれたらと思い少しずつ書いていきたいと思います。

 

さて・・・いよいよ本題です。
タイトルの通り、私が長年の呪縛とも言える「生きている実感のなさ」、「生きづらさ」から解放されたのはつい3週間前のことです。

 

ある時期から(この時期は明確には覚えていません)、私は常に不安で何かに怯えるように生きてきました。そして、楽しいことをしている時も、美味しいものを食べている時も、大切な人達と過ごしている間も、どこか自分の心が空虚でした。まるで、ふわふわと地に足をついていないような。楽しいことをした後でも、ふとした時に以下のような暗い感情が湧いてくるのです。


・死にたい・・・でも、死ぬのは怖いから煙のように消えてしまいたい

・死んでしまえば生きる苦しみから逃れられるのではないか?

・生きることそのものが苦しい

・何故、自分は生きているのか?

・何故、こんなダメな人間がこの世に生まれてきたのだろう?

・自分に価値はない・・・

・○歳ぐらいまで生きたら死にたい

・いっそ特定の宗教に帰依して信仰に生きようか

・何故、多数派の人(ここでは外向型、非HSPとしておきます)とは違うのだろう?

 

酷い時にはこんなことを考えながら、自分の部屋にこもって泣いていました。どうしてこんなに生きづらいのか、生きているだけで苦しいのか・・・考えても考えても分かりませんでした。

家族に聞いてもらうこともありました。父は割と私の考えを理解してくれてきちんと話せば受けいれてくれました。しかし、母は違いました。母の顔色を伺いつつ自分の弱さをちらちらと見せると、途端に機嫌を悪くし突き放すような態度になるのです。(最近は少し緩和しましたが、それでもやはり母に弱みを見せることは出来ないでいます。そのことについても後日書きます)

一時的に私の心が不安から解放されても、根本的に安らぎを得ることはありませんでした。


では、これほど悩み続けた私が、何故3週間前にありのままの自分を認めることが出来たのか。あることがきっかけでした。


隣町に住む祖母の家に行って帰って来た日の翌日、父から電話を受けました。内容は私がしたことへの注意でした。私のしたことでちょっと行儀のなっていないことがあったのです。そして、その中で祖母が「愛想のない子だから」と私のことを言っていたらしいのです。祖母としては別に悪い意味ではなく、気が利かないとかその程度の意味だった思います。このことを父から聞かされた私は、頭では「間違ったものは仕方がない。次から直せばいい」と自分に言い聞かせたものの、その後不思議と涙が溢れて止まりませんでした。たったそれだけのことなのに、まるで自分を全否定されたように思えたのですが、その根っこにある理由が自分にでも分からないのです。

しばらくそのことを引きずった私は、ネットで悩みを検索しました。そこであることに気付いたのです。


私が苦しかったのは、私が他者(ここでは主に母と父方の祖母・理由はまた後日)のために生きていたからなんだ・・・!


そこはあるカウンセラーのかたのサイトでしたが、そこに書かれた記事の数々を見ているうちに自分が長年悩んでいたことが一気に晴れたのでした。

何故、注意されたことがきっかけとなったのか。それは多分こういうことです。


今まで親(祖父母含む)の期待通りにしようと頑張ってきた

でも、ありのままの自分を生きていないので屈折した感情が溜まっていく

そろそろ限界に近い・・・

上記の事件が起こる

「今まで親のために自分の気持ちを犠牲にしてきたのに、まだ足りないのか!今まで良い子として生きてきたのにまだ足りないのか!?」

爆発

親の期待に応えることをやめると決意


私は一人っ子で、両親は共働き公務員で父方の祖父母の家で育ちました。愛情もたくさんかけてもらいましたが、期待も大きかったのかもしれません。私もまたそれに応えるために無意識に自分を偽り続けてきたと思います。なので、言うことは素直に聞きました。口答えをすれば「あんたは素直じゃないね」と言われた、自分が感情のままに思いを口にすれば「あんたはきつい子だね」と言われた。それなのに、母や祖母はきつい言葉を割と平気で吐き続ける。

 

私は良い子を演じてきましたが、時々顔を出す「本当の自分」は受け入れてもらえなかったように思います。そんな親達を見て、私は無意識に本当の自分を否定するようになったのでしょう。この間までの自分は「自分は何をやってもダメなんだ」、「どうせ誰も受け入れてくれないんだ」と自責の念でいっぱいいっぱいになっていました。


でも、このからくりに気付いてからは一気に楽になりました。

今現在・・・ようやく自分が自分として歩き始めた私ですが、正直不安もたくさんあります。それは「アルプスの少女・ハイジ」のクララが自分の足で歩いて、世界に出て行く喜びと不安を同時に抱いたのと同じ心境です。安定するのにまだ時間は必要でしょうが、大丈夫だともう一人の私が言ってくれているのが聞こえます。


今まで悩み抜いた時間は決して無駄ではなかった。無駄どころか親や周りの大人達には見えなかったものが次々と見えてくるのです。見ていた世界が180度変わったのです。自分ってこんな人間だったのか、人と話すのってこんなに楽しいのか・・・と驚くことばかりが身に起きています。

 

ちなみに私の家は傍から見れば家族・金銭共に恵まれているように見えると思います。しかし、生身の人間が同じ屋根の下で暮らしている以上、そういう家庭であっても歪みというもの生じるものではないでしょうか。幸せそうに見えれば見えるほど、その中に潜む闇や歪みには気付くにくいという一面も大いにある。

特に虐待やアダルトチルドレン絡みの話をする時に使われる「負の連鎖」は一見でそれとわかる家庭・人間関係に限った話ではないのです。むしろ、愛情・家族の絆というワードにぼかされて、ないこと、なかったこと、見えないものにされてしまう。だからこそ、家族の問題というのは愛情・絆という光の面だけではなく、闇の面も掘り起し、暴き出して、乗り越えなければならないと私は思います。

 

今後、趣味の記事と合わせながら、冒頭で述べたとおりその過程を少しずつ文字に表していきたいとお思います。