さめないゆめ・・・

HSP・内向型人間が綴るブログ。日々の雑感、自分が自分であること、人生について、本や映画の感想(イギリス、ヨーロッパ多め)などについて書いています。

母の二面性に傷つき、悩んだ日々

楽しい記事と交互に・・・と思いましたが、私はどうしても書きたくなり、自分を取り戻すまでの心境の変化を綴っています。

今日から、いよいよ私の生きづらさの直接の原因である「母親」について書いていきます。あくまでも私が見た、感じた母親像ですが、これもまた真実であり、私の中で「なかったことに出来ないもの」なのです。

 

 

私の母は今私と同じ職場で働いていて、臨時として週二日来ています。

母の仕事ぶりはというと、前の職場では、福祉の仕事を精一杯頑張っていて、それで救われた人も多かったのだと聞いています。そして今・・・周囲の方々の評判も凄く良いらしいです。それからトップを始めとする他の職員も「この職場になくてはならない人」、「あんなに良い人はいない」、「うちの職場はあの人をもっと見習うべき」と称賛の的となっております。

また、母は自分の母親(私にとっての祖母)・兄弟姉妹にもこの上なく尽くしているのです。傍から見ればなんとも輝かしく、素晴らしい人物でしょう。

 

ですが・・・・・・私は知っていました。というより、嫌でも見せられたのです。

母の闇の部分を。

 

といっても一般的な虐待を受けていたとかそんなことではありません。話もたくさん聞いてもらったし、物も買ってくれた。美味しい料理も作ってくれたし、学校にも出してくれた。たくさんの愛情をもらったことは事実です。

でも・・・・・・私は自分の弱さ、醜さ、甘さを含む「本当の自分」を曝け出すことは出来ませんでした。また、「本当の望み」を打ち明けたこともありません。

 

私にとって母とは・・・「おかあさーん!」と言いながら、その胸に飛び込むことの出来る人物ではなかったのです。これは今でも変わりありません。


話をしていても、一緒にいても・・・私は常に心のどこかで母の顔色を伺っていました。

「今日は機嫌が良いから、ここまで話しても大丈夫かな?」

「この先は言っちゃダメだろうか?」


どうして実の母に対し、ここまで怯えているの?
答えはただ一つ。

 

「怖かったから」


どこが怖かったのかというと、私が甘えたくて弱さを見せると・・・何故か不機嫌になる、怒るのです。そして時には傷つくこともたくさん言われました。その理由、心理が知りたくて、親の立場の人や年上の人に相談をしたこともあります。

 

「親だから子供を思うが故にきつい言葉になってしまうこともあるのだ」

「我が子に対しては責任があるから、つい厳しくなってしまうのだ」

 

確かにそれも一理あると思います。ですが・・・私はどうしても納得出来なかった。母の心の奥底に何か別のモヤモヤしたものが隠されている気がしてなりませんでした。

 

私の中でどうしても忘れられない思い出があります。

私が一年未満で最初の異動を経験しひいひい言っていた頃、この国であの大震災が起きました。私の地域は直接被害を受けませんでしたが、仕事のつらさと相まって心はかなり不安定揺らいでいました。そんなある日、母が私の家に来ました。夕食を一緒に取るためにご飯を持ってきてくれました。しかし・・・母の機嫌は余りよろしくないようでした。

上で述べたとおり、不安で胸がいっぱいだった私は恐る恐る、だけど思い切って母に打ち明けてみたのです。

 

「ねえ、お母さん・・・お願いがあるんだけど。抱きしめてもらっていい?」

 

これが私の「本当の望み」でした。物や料理、お金もありがたい。でも、私が心の奥底で求めて止まなかったのは「原始的な、動物的な甘え、温もり」だったのです。私が1歳の時に母が職場復帰し、私は祖父母に預けられた。私の中には無意識の欲求不満が渦巻いていたのでしょうね。その証拠に「満たされなかった幼児性」は私の中に居座り続けました。


私はそっと母にくっつきました。

しかし・・・母は私の願いには応えてくれませんでした。相変わらず怖い顔で、こう言いました。

 

「熊は我が子を守るためにどうすると思う?覆い被さるんじゃないんだって。自分を盾として、子供を逃がすんだって」


私の思いを受け止めずに、話を逸らしたのです。思いは通じませんでした。


「ああ、母は私を受け入れてくれないんだな・・・勇気を出したのに・・・」

 


そんなこんなで。
母と話せるようになってきました。職場が変わったのがいいきっかけになったのでしょうか。かなり穏やかになりました。


「良かった。お母さんと少しずつ歩み寄れるようになったんだ・・・」


ところが・・・楽しく話していても、悩みを分かち合って喜びを感じていても・・・私は常に心のどこかで母を恐れて、彼女の機嫌を損ねないようにしていました。


そして、ある時・・・これ以上耐えられなくなった私は爆発しました。爆発と言っても面と向かってなんて直接は言えません。だから、態度に出しました。母を避けるようになったのです。彼女の言葉に対して反応を示さなくなりました。そうすると、母は怒ってこう言いました。


「私と一緒にいたくないんでしょ!?嫌なの!?わかった、もう来ないから!!」


ドアを荒々しく閉めて私の家を出て行きました。

・・・・・・・。

後日、謝りに来ました。

 

「ごめんね。きついこと言って。」

「私・・・何か反抗期来たみたいなんだ」(思春期にそれらしいものはこなかった私)

「何、それ!?私に対しての反抗期なの!?」

「ううん・・・社会に対してかな?」

 

おわかりでしょうが、言葉でこそ謝っていても、態度が全然謝っていなかったのです。

相変わらず威圧的で、その姿勢は「私の何が悪いの?」と言わんばかりです。爆発してみた私も本音をぼかすしかありませんでした。

 

何度も言いますが、彼女は仕事関係の人や血の繋がった家族に対してはどこまでも優しく、寛容です。彼女を求める電話が鳴ればすぐに出向きます。どこまでも、相手が気の済むまで相談に乗ります。なのに・・・何故、我が子である私に対してはそれが出来ないのか?

  

私だけではなく、現代の女性達は実母との悩みを抱えている人が非常に多いようです。(それも長女の立場の人。相談するのも苦しくて耐えられなくなった娘の方から。)


その中から一つの答えが導き出されました。

 

母もまた抑圧されたものを抱えているのではないだろうか?


私は実母に甘えられない自分の苦しみと、自分が本音を出しても受けれてくれない彼女の心理が知りたくて、同じ悩みを抱えた人達を探すべくネットをたくさん見ました。そして、信頼できる人にも相談しました。


そこで、辿り着いた答えが・・・「負の連鎖」です。

 

長くなったのと、自分の気持ちを落ち着けるために一旦ここで切ります。

もし、同じことで苦しんでいる人がいて、このブログが少しでも助けになれたら・・・という願いも込めて書いています。