さめないゆめ・・・

HSP・内向型人間が綴るブログ。日々の雑感、自分が自分であること、人生について、本や映画の感想(イギリス、ヨーロッパ多め)などについて書いています。

母親から長女へ、そしてまた長女へ・・・

自分を取り戻す過程を書くことが終わりに近づいて来ているようです。日に日に自分の中のわだかまりが消えつつあります。生きるのってこんなに楽しかったんですね!

 

本題。


私が何故こんなにも生きづらかったのか。
自分の過去、親、親族を深く見つめることで辿り着いたのが、以前にも書きましたが、

 

「負の連鎖」

 

・・・という言葉です。
虐待やアダルトチルドレンのことについて触れる時によく出てくる用語です。母も祖母も、私の周りにいる人達は誰一人気付いていないでしょう。私自身、これが私の家庭にも潜んでいたことはつい最近まで知りませんでしたし、もがき続けながら、自分の苦しみの根源を暴き出そうとしなければ知らずに、一生苦しんで終わっていたでしょう。


さて、私が知る限りの範囲のところで分かった、「負の連鎖」の源泉は母方の祖母です。社会人になって母から聞いた、祖母の過去はかなり暗く重いものでした。私も詳細までは知らないのですが、とにかく複雑な家庭でつらい子供時代を送っていたようです。時には「死にたい」とさえ思ったこともあったとか。おそらく、祖母もまた健全な自己肯定感が育まれず、甘えたい願望を潜在意識に秘めたまま大人になってしまった人なのだろうと推測します。

そして、祖父と結婚して子供が産まれる。これも私の憶測ですが・・・


何とか自分の子供達にはつらい思いをさせまいと、家庭に留まらず働いた。

祖母が必死になって働いている様子を見た、まだ幼い私の母(長女)が「自分がお母さんを助けなきゃ、支えなきゃ!」という決意をする。

母は妹弟の面倒を見たり、家事を手伝ったりして、とにかく先回りして自分から働いた。

祖母はそんなしっかり者の娘を見て安心。満たされない寂しさを癒すために、いつしか娘を甘える対象とするようになった。

母もそれに応えるべく、祖母にはとことん尽くす。

祖母と母(母親と長女)の共依存関係が出来上がる。

 

こんな感じでしょうか。祖母も母もまたアダルトチルドレンだったのではないかと思います。アダルトチルドレンの類型の中には「ちいママ」というのがあって、これこそまさに幼少期の私の母の姿。文字通り「小さいママ」、家の中で家事をこなし、下の子の面倒を見る役割を負った子供のようです。

 

このような推測をすると、私が抱えていたいくつかの違和感の正体も分かりました。実を言うと、私は母方の祖母に対しては余り「肉親の情」というものが湧いていないような気がするんです。

お年玉をもらったり、クリスマスプレゼントをもらったり、よくしてもらったことたくさんありますが・・・心と心が触れ合うような温かみのある交流というのをした記憶がないんですね・・・実際会話も余りしたことがありません。

思い出せば、母と私で祖母の家に行っても、逆に祖母がうちに遊びに来ても、三人で外出しても・・・いつも話しているのは母と祖母だけでした。私は蚊帳の外だったのです。

私が感じていた違和感とは、そこに誰も入り込めない、「母と祖母だけの二人の世界」だったのかもしれません。母と祖母は何時間でも話せるのでしょうが、私と祖母だと会話が続きません。私も、おそらく向こうも何を話して良いのか分からなかったのでしょう。


そして、忘れられない思い出があります。

子供の頃、祖母が風邪をひいて二人で祖母の家に行ったんですね。どういう経緯だったのかは忘れましたが、母だけが見舞に行って私は車の中に残っていました。早く家に帰りたかった私は段々時間が経つにつれて苛立ち、祖母を見舞わずに歩いて自宅に帰ったのです。しばらくして、母も帰ってきました。彼女は怒って言いました。


「どうして先に帰ったの!?ばあちゃんだって大変なのに・・・」

 

そして泣き出してしまったのです。私も確かに我侭で冷たかったと思います。でも、やはり小さい頃から心の通った交流をしてこなかったためか「肉親の情」が祖母に対して湧いていなかったのだと思います。

でも・・・この母の姿に何とも言えない違和感を覚えたのです。本当に自宅に帰ったのかも分からない我が子よりも、自分の母親を心配していた。その言葉の中には「貴女にとっても大切なおばちゃんだから、心配しないとね」というよりも「私のお母さんを大切にしない、あんたは悪い子だ!」という怒りと憎しみが多分にあったのかもしれません。自分の立ち位置が、「子供の母親」として言っているのではなく、「母親の子供」として泣き喚いている・・・そんな風に見えるんですよね。

 

父方の祖父母も時々、彼女への不満があったようですが、その内容もここに起因しているのではないかと思います。要するに彼女の潜在意識の中では、自分は「父の家に嫁いだ嫁」ではなく「実家を支えるしっかり者の長女」であり、共依存型のマザコンなのでしょう。

 


妹や妹の子供達に甘いのも、自分の大切な母親の血縁だから。

そして、母親に気に入ってもらうためにしっかり者の長女で居続ける。

彼女が自身の母親の「母親役」になっているんです。(親子の逆転現象)

私もまたその役割を繰り返されそうになりました。

気が付かなければ、私はずっと彼女の母親役でいるところだった。

だから、彼女は私が弱さを見せたり甘えたりすると不機嫌になり、怒ったのです。

私が良い子でいる前提の、自身の意思に沿う限りの甘えは許してくれましたが、

自身がしてもらえなかったことを我が子にもさせなかった。

 

 

思えば、彼女は私にも「自分の母親への愛」を強要してきていたのかもしれません。「貴女にとってのおばあちゃんだから」というのではなく、「私の大切なお母さん」として・・・

 

以前、定年で辞めた私の元上司、女性なんですがこの方はとても元気で明るく、心身ともに健康で人として尊敬出来る人でした。今でも交流しています。仕事に対しては厳しい人で言うところは有耶無耶にせずきちんと言う人です。ですが、それにはきちんと理屈が通っていて、理不尽なことで怒ったことは一度もありません。私はこの方に会って、ようやく「人として尊重されることの喜び」を知りました。職場で私を人間として育ててくれた人の一人です。

 

でもこの方・・・どうして、ここまで心身ともに健康でいられるのか・・・常に生きづらさを抱えた私にとっては不思議でなりませんでした。でも、今はっきり分かります。健全な自己肯定感を持っているからです。


そして、この方・・・若い頃母親の介護をしていたようです。言うべきことは言うタイプなので実母とも色々やり合ったようですが、「自分の母親はとても愛おしい」と言っていました。やはり、そこが重要だったのではないかと。実母だけれど言うべきことは言って、わだかまりは残さない。お互いに本音でぶつかり合って・・・一巡した後に、本当の愛情が芽生えた・・・のだと私なりに推測しました。

 

それに比べると、母と祖母の関係は物凄く仲良しに見えてどこかいびつなんですよね。不平、不満、怒りをぶつけて一巡することなく、ずっと長きに渡って癒着し続けているように見えるんです。一卵性母娘という言葉がありますが、まさにあれなのではないかと。祖母とて勿論、悪意があってこういう子育てをしてきたわけではない。子供達のことは皆愛している・・・

 

でも、家族間での抑圧がある以上、愛情・善意・絆があったとしても、

 

機能不全家族毒親アダルトチルドレンは生まれてしまうのです。

 

むしろ、愛情や善意、絆で相殺されそうになることが怖い。

 

今、ちょっとしたブームの毒親ですが、あれは幸せそうに見える家庭だって十分ありますよね。子供時代の抑圧(=毒)を抱えたままの人が親になり、子供に繰り返すのだと定義すれば。

祖父母の時代だと、こういう心理学も普及していなかったし、インターネットもなかった時代ですからこういう闇や毒はそのまま次の世代に引き継がれてしまったのですね。今、そういうことで悩んでいる人達が非常に多いのは、やはり「負の連鎖」のせいなのかもしれません。ただ、今はインターネットの普及により、心に違和感を持つ人が仲間やカウンセラーと出会うことで、救われる時代になったのだと思います。