随想手帖

時に真面目に、時にゆるく綴っております。ちなみにオタク(腐)です。

ダンボが輝くことが出来たのは「彼」のおかげ

耳の大きな子ゾウのダンボを主人公にした、ディズニーのアニメ映画です。これがアメリカで公開されたのが1941年・・・そう。日本はまだ戦時中なのです。

昔のディズニーのアニメを見ていると、日本がアメリカに勝てなかった理由もなかなか分かる気がしますね・・・

 

さて、ダンボはあるサーカスで飼われているメスのゾウ・ジャンボの元にコウノトリによって運ばれてきました。先に述べたとおり、耳がとても大きいです。まるでうちわのごとく。しかし、それ故に彼は他のゾウ達に仲間として認めてもらえず、サーカスを見に来た人達にはからかわれ・・・ある時、子供達にからかわれるダンボを守ろうと暴走してサーカスを破壊してしまったジャンボは、その罰として檻の中に閉じ込められてしまいます。これによって、母と息子は引き離されてしまいました。悲しみに暮れるダンボに声をかけたのは、ティモシーという同じくサーカスに身を置いているネズミです。

 

このティモシーはダンボを一人前に育てるべく、奔走します。サーカスの団長に新しいアイディアをこっそりと提供したり、コンプレックスに悩むダンボを幾度となく励ましたり。監禁中のジャンボのところに連れて行ってあげたこともあります。そして、最終的にはカラス達と協力し、ダンボを空に羽ばたかせることに成功するのです。勿論、羽となったのはその大きな耳。

 

ティモシーは常にダンボの傍らに寄り添い、「ダンボがどうやったらコンプレックスに悩むことなく、人前に出て行けるか」を考えていました。

 

つまり・・・彼なくしてダンボの自立は有り得なかったわけなのです。

 

母親であるジャンボと一緒では無理だったのか?おそらく無理だったのではないでしょうか。作中、ジャンボはからかいの的になるダンボを守ろうと彼を自分の影に隠します。しかし、ティモシーは逆なのです。舞台に立ち、怯えて引き下がろうとするダンボをとにかく前に出させようとするのです。

 

どこまでも我が子を自分を盾にして守ろうとする母性。

 

自分の足で立てるようにその方法を考え提示し、傍に寄り添って励ます父性(兄性?)。

 

ジャンボはダンボを守ることは出来ても、あのまま一緒にいたのであれば一人前のゾウとして自立させることは出来なかったでしょう。しかし、ダンボの素直さや善良さはジャンボの深い愛情なくしては育たなかった。

 

なので、あのタイミングでダンボの「親」がジャンボからティモシーに移ったのは必然だったのです。

 

こうしてコンプレックスを乗り越え、晴れて一人前になったダンボの瞳は生きる喜びに満ち、再び最愛の母・ジャンボと再会するのでした。

 

まさにティモシーの父性というか、兄貴力というか・・・どっちにしろ彼のおかげなのは間違いないですね!

 

あと、余談ですが、ダンボが初めてサーカスで飛行姿を披露し、今まで自分をいじめたりからかってきた奴らに仕返しするんですね。主にピエロと仲間のゾウ。

 

ピエロは散々な目に会うことになりますが、サーカス終了後には「ダンボ、いつの間にそんな技を身につけたんだ!?」、「すげぇぜ!俺、見直したよ!」・・・こんな感じでダンボを祝福してあげたんだろうなー・・・と思っています。

 

仲間のゾウ達も最後のシーンでダンボを称える歌を唄っているので、彼を仲間として認めたのでしょうね。

 

ダンボをいじめる者はもう誰もいなくなったのでしょう。改めていい物語だと思う、小さい頃の思い出の一品でした・・・

 

 

 

 

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