随想手帖

時に真面目に、時にゆるく綴っております。ちなみにオタク(腐)です。

「ゴリオ爺さん」(バルザック 1835年)

 

『月と六ペンス』の作者、サマセット・モームが『世界の十大小説』に挙げているので読みました。

 

 

あらすじ

ブルボン家による王政復古時代のフランス。

パリのヌーヴ・サント・ジュヌヴィエーブ通りにある粗末な下宿屋『ヴォケー館』では個性的な人間が暮らしていた。物語は、南フランスから上京してきた学生ウージェーヌ・ド・ラスティニャック、元製麺業者で今は隠居の身のゴリオ氏、素性が謎に包まれた怪人物ヴォートランを中心に進む。 野心家の青年ラスティニャックは親戚のボーセアン子爵夫人を頼って社交界デビューを果たそうと画策、そこで出会ったゴリオ氏の次女ニュシンゲン夫人と親しくなっていく。しかし、ヴォートランは同じヴォケー館に住むヴィクトリーヌと結婚するようにラスティニャックに助言するのだった・・・

 

 

ディケンズの『二都物語』と同じく、物語の波に乗るまでが大変ですが、乗ってしまうと後はさくさく読み進められました。

バルザックの作品の特徴として、『登場人物がいくつもの作品に跨って登場する』というのがあるらしいです。ラスティニャックやヴォートランも他の作品に出ているらしい・・・ということで興味をそそられてしまった私は、他の作品も購入してしまったのでした(^_^;)

 

一番気になる人物はタイトルになっているゴリオ爺さんではなくて、ヴォートランでした。まさに『ピカレスクロマン』というか、悪の魅力で溢れているんですね!物語の後半で警察に掴まった時、ヴォケー館の下宿人達に敵意をむき出しにするんです。(下宿人の一人が彼を警察に売ったため)

そこで普段は隠している犯罪者のとしての凶暴な一面が剥き出しになるわけですが・・・でも、自分が惚れ込んだラスティニャックだけには優しい眼差しを向けるんです。単なる悪党ではない人間味があるんですね~(*^_^*)

でもって、実はヴォートランは・・・作中で警察の人曰く『女には興味がない』とのことらしいです。

デミアン』(ヘッセ作)のデミアンとジンクレールレ・ミゼラブル』(ユゴー作)のアンジョルラスとグランテールのように、同性愛的な関係を匂わす作品は結構ありましたが、ちゃんと明言されているというのは珍しいかもしれないです。

となると、ラスティニャックに優しかったのも『そういう思い』があったからなのでしょうか?

 

なお、ヴォートランのモデルとなったのは、犯罪者にして探偵でもあるヴィドックという実在の人物らしいです。

 

フランソワ・ヴィドック - Wikipedia

 

この人は後の文学作品にも大きな影響を与えたようで、レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンとジャヴェールのモデルにもなっているようです。また、日本人作家の藤本ひとみ先生がヴィドックの少年時代をモチーフにした小説を二つ書いています。『聖アントニウスの殺人』『聖ヨゼフの惨劇』

 

 

さて、タイトルにもなっているゴリオ爺さんですが・・・彼の娘たちに対する愛情は並々ならぬものがあります。ただ、愛し方を間違ってしまったんですね。彼は溺愛し甘やかしすぎてしまった・・・だから娘たちは「愛してもらって当たり前」という我侭に育ち、父が危篤状態になっても自分達のことばかり考えて、駆けつけもしないという始末。

でも、ラスティニャックと彼の友人の医学者ビアンションゴリオ爺さんを最後まで看病し、お葬式までしてあげるんです。架空のお話なのに「世の中捨てたもんじゃないな・・・」と思ってしまいます・・・(T_T)

ゴリオ爺さんの愛し方は間違っていたかもしれないけれど、自分の子供に愛情を注げない父親よりはずっと魅力的だったと思います。(奥さんが生きていればまた違っていたんだろうなと思わずにはいられません)

 

ラスティニャックはパリでの生活が嫌になり、田舎に帰るのかと思いきや更なる闘志を燃やしていたんですね。田舎に帰ってお母さんや妹たちを安心させてあげたほうが良かったような気もしましたが・・・

今後の彼については、別作品で描かれているようなので読む日を楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

 

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

ゴリオ爺さん (新潮文庫)