随想手帖

時に真面目に、時にゆるく綴っております。ちなみにオタク(腐)です。

「グレート・ギャツビー」(フィッツジェラルド 1925年) 

20世紀のアメリカを代表する文学とのことで読みました。

ちなみに、作者のフィッツジェラルドの奥さんの名前はゼルダといいます。あの「ゼルダの伝説」のゼルダ姫の名前は彼女から取られたそう。何となくゲルマンチックな響きを感じます。

 

※ ネタバレありますので、ご注意下さい。

 

 

あらすじ

※主人公はニック・キャラウェイという田舎出身の若者で、彼の視点で物語が進む。舞台は第一次世界大戦後の1920年代のアメリカである。(あの禁酒法時代!)

ニックは大学卒業後戦争に従軍、その後証券会社で働くためにニューヨークへ引っ越してくる。隣には大邸宅があり、主の名はジェイ・ギャツビーという人物であった。彼は毎晩豪華かつ瀟洒なパーティを開くほどの富豪であるが、年若いギャツビーがどのようにして富を手に入れたかは謎に包まれていた。『酒の密輸で一儲けした』という黒い噂も流れている。 ニックは友人のトム・ブキャナン、その妻デイジー、プロゴルファーのジョーダン・ベイカー等と交流し、ギャツビー本人とも接触することに成功した。そこで彼の秘められた思いを知ることになる。ギャツビーには長年思い続けている女性がいるのだった・・・

 

 

文章的にはなかなか複雑難解で、スラスラと読み進められる感じではありません。特に場面場面が「どうしてそうなる!?」という、ちょっとぶっ飛んだ感じに進むのでついていくのが大変です(苦笑)

特にメインの二人の女性(デイジーとジョーダン)の言動が意味不明。こういう魔性系不思議ちゃんキャラって、どういう意図で作られているのでしょう? 裏を返せば、こんな突拍子もない言動を考え付くのって素直に「凄い!」とも思えます。

カポーティの『ティファニーで朝食を』のヒロイン、ホリーと似ているかも)

 

それにしても、主人公のニックが終始「いいヤツ」でそこに救われた感じがします。ギャツビーのニックに対する「親友」呼びが好き。どこか胡散臭いけれど、同時に真摯な敬意も含まれている感じが。

ニックはその呼び名に相応しく、亡くなったギャツビーの葬儀をしてあげるんですね。

ギャツビーと想い人デイジーの関係がもっと深く描かれているのかと思いきや、ニックとギャツビーの友情の方に焦点が当たっていたように思えます。田舎出身の素朴な青年成り上がり者の謎の青年という、不調和な組み合わせに見えるけれど、実は相互に影響し合っているような・・・そんな不思議で奇妙な友情です。

 

そして、作中一番心に響いた箇所が物語の最後の方でニックがふと自分の故郷を思い出すところです。

 

「今までは煌びやかな都会に憧れていたけれど・・・どこか軽薄で虚ろな感じがする。田舎も捨てたものではない」

 

・・・というような内容。(読んだの何か月か前だったので細かいところは忘れました;)

 

この時代の、このアメリカに生きた人間も同じようなことを考えていたんだな・・・結局人間の考えることってそんなに変わらないんだなって・・・何だか嬉しくなりましたね。

 

人物描写なんかは複雑で難しいのですが、生活風景などはまさに1920年代のアメリカという雰囲気が出ています。絢爛豪華でモダンで・・・でも、すぐ近くに危ないお酒で儲けている物騒な男達の影(あのアル・カポネが生きていた頃ですし)・・・そんなアンバランスな世界。ヨーロッパとは違う格調高さを持った作品だと思います。

 

映画関係は全部見ていませんが、自分の中のギャツビーのイメージはジーン・ケリーだったりします(*^_^*) この記事の時に書きました → 映画感想 「雨に唄えば」(1952年 アメリカ)

ジーン・ケリーがギャツビーで、コズモ役のドナルド・オコナーがニックをやったら面白い気がするのですが・・・どうでしょうか? 

 

 

 

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

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