随想手帖

時に真面目に、時にゆるく綴っております。ちなみにオタク(腐)です。

「失楽園」(J・ミルトン 17世紀)

 失楽園といえば、私が子供の頃にちょっと流行っていましたね。現代日本の男女の不倫物語として。

でも、本来は聖書でアダムとエヴァが楽園を追放された場面から来ているんですよね。それまでの流れを壮大な叙事詩として書き上げたのが、イギリスの詩人、ジョン・ミルトンです。彼が生きていた頃のイギリスというのはオリヴァー・クロムウェルが台頭していた時代であり、清教徒革命なんかも起きたりしています。イギリスにとっては激動の時代だったんですね。

 

そんなミルトンが書いた「失楽園」、私は大学時代に読みました。あの時の衝撃はまだ忘れていません。キリスト教文学における最高峰の一つといっていいし、自分が読んだ中で衝撃を受けた本にも間違いなく入ります。(私が読んだのは岩波文庫で上下巻に分かれているものです。)

 

元々天使であったサタン(ルシファー)が唯一神に反乱を起こして、惨敗・・・しかし、サタンは挫けずに仲間の堕天使達を勇気づけて、一矢報いようと奔走します。

(魅力的かつ個性的な悪魔が多数登場するため、後の悪魔像はこの「失楽園」を元にしたものも多いのだとか)

 

上巻はまさにサタンと仲間の堕天使の熱い遣り取り、神VS堕天使の壮大な戦闘、サタンの不屈の精神が綿密に描かれていてとても面白いです!サタンとはキリスト教的には絶対悪の象徴で、地獄の大王でもある存在・・・なのに、ここで描かれたサタンはまさにダークヒーロー!惹かれずにはいられない、圧倒的カリスマ性を持っているんです(*^_^*)

 

この堕天使の中には、異教の神々もたくさん出ているんです。ギリシャ神話だったりメソポタミアだったり・・・

バアルは旧約聖書にも頻繁に登場する異教の神です。元はユダヤ以外の民族が信仰していた代表的な神様ですが(ウガリット神話など)、ユダヤにとってはまさに不倶戴天の敵といっていい。サタンの右腕的な存在として登場するベルゼブブ(蝿の王)も、元は「バアル・ゼブル」といって信仰の対象でしたが、ユダヤ・キリストに取り入れられて悪魔になったようです。(バアルとはセム語で「主」という意味)

人名のハンニバルとかも「バアルの恵み」を意味するようで、バアル信仰というのは聖書時代ではかなりポピュラーだったのですね。

 

アスタロトキリスト教では著名な悪魔ですが、その起源もバビロニアの女神イシュタルに遡れるらしいです。多神教における女神といえば大体、豊穣や愛を司る属性を持っていたりするので、イシュタルも性に対しては奔放な女神だったようです。そこが聖書的には嫌われる要因だったみたいですね。

 

ムルキベルはギリシャ神話のヘファイストスローマ神話のウルカヌス(共に鍛冶の神様)が堕落した姿とされ、サタンの仲間の一人として登場しています。このムルキベルの綴りは「Mulciber」。ハリポタシリーズのデスイーター(悪役)にマルシベールというキャラクターが出ていますが綴りが同じで、彼はムルキベルから取られたのではないかと推測しています。

 

下巻は打って変わって、神に仕える天使ラファエルやアダムとエヴァの遣り取り、サタンに唆されたエヴァが禁断の実を食べてしまう場面、それを巡ってアダムとエヴァが口論する場面・・・などが描かれています。人間サイドに物語が映ったので、壮大な上巻に比べると退屈な印象でした。

 

失楽園キリスト教文学なので、神の絶対的な威光がふんだんに盛り込まれています。けれども、読んだ人の多くはサタンに魅力を感じてしまうのではないでしょうか。

私もそうで、神サイドには余り魅力を感じなかったのですね。むしろ、「自分達が絶対に正しい」と言って憚らないところが鼻に付く。神にしても、神の御子(キリスト)にしても、天使にしても・・・正しすぎて拒絶反応が出てしまう。

 

キリスト教圏でもサタンに魅入られそうな人は多そうなのに、日本だったらサタンの方が「悲劇のヒーロー」として愛されそうだなって思います。

日本には「判官びいき」という文化があって、創作物も敗者の物語を書いたものがたくさんあったりします。(「源義経」、「平家物語」、「赤穂浪士」、「白虎隊」など・・・)

日本人が「失楽園」を描き直したら絶対「平家物語」になりそう。サタン達の負けて追われていく様子が、悲しくも美しく描写されて・・・みたいな。

 

 

何はともあれ、「失楽園」はキリスト教文化に興味のある人には必読の一冊だと思います。

 

 

 

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

 

 

 

失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)

失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)