随想手帖

時に真面目に、時にゆるく綴っております。ちなみにオタク(腐)です。

「蝿」(ジョルジュ・ランジュラン 1965年)異色作家短篇集⑤

次はジョルジュ・ランジュランの作品より。

彼はイギリス人の両親の間に、パリで生まれました。その後もロンドンとパリを行き来しながら育ち、英語・フランス語のバイリンガルになったそうです。

そのためか、彼の作風はダールに比べるとイギリス的ブラックユーモアが余り見られません。どちらかというとフランス的。

 

特に印象に残った作品のみあげていきます。とはいっても、ランジュランの作品は印象に残っているものが多いですね。

 

タイトルにもなっている『蝿』という短編。これはかなり恐ろしいホラーとして評価された作品とのこと。でも、読んだ感想としてはそれほど怖くはなかったですね。

内容としては・・・主人公の義妹(弟の妻)が逮捕された。その罪は夫(主人公の弟)殺し。主人公と彼女は面会をする。しかし、この殺人事件・・・どうもただの殺人ではない事情があるよう。彼女は意味深な言葉を口にする。「蝿って・・・いつまで生きられるのかしら」

この弟というのが、マッドサイエンティスト的な好奇心に駆られて、「ある実験」を試みるんです。確か物質移動装置みたいなもの。その装置を使っていくうちに、何と蝿と弟は融合してしまい・・・弟の頭が移植された蝿がまだどこかにいるはずだ・・・という締めくくりです。

実験シーンは結構エグいです。けれども、それ以上に弟夫婦の遣り取りが美しくも悲しくて・・・(/_;) この二人はどこまでも愛し合っている素敵な夫婦だったので、悲惨な結末になってしまったのが惜しまれます。なので、私にとってはこのお話はホラーではなく、「発展していく科学の悲哀、人間の好奇心のもたらす悲劇」を描いた切ないSFです。

 

次に『奇跡』脱線事故に遭遇したジャダン氏。彼は事故で歩けなくなったフリをして多額の賠償金を手に入れます。しかし、物事はそうはうまくいかないのでした・・・確かに最後の最後で『奇跡』は起こったんですけれどね(^_^;)

皮肉でブラックな作品ですが、ブリティッシュユーモアというよりは道徳的教訓に近い感じがしました。『日本昔話』にもよくあるような因果応報の結末。

 

『彼方のどこにもいない女』。日本のお話が出てきます。しかし、とても重たい『あの出来事』を題材にしています・・・ランジュランもそのニュースをリアルタイムで目にしたであろう世代、不思議なリアリティを感じます。

 

『他人の手』。読んだ時、真っ先に『博士の異常な愛情』のストレンジラブ博士(演:ピーセラさん)を思い出しました。こういう症例は実際にある(エイリアンハンドシンドローム)というのが何とも言えないですね。

 

安楽椅子探偵。おじいちゃん探偵が赤ん坊誘拐という事件に挑みます。ですが、このおじいちゃん探偵・・・実は・・・。この短篇集の中では珍しいほっこり系です。最後まで読むと心が和みますよ~(*^_^*)

 

『最終飛行』。一番好きなお話です。主人公はパイロット。弟を亡くし、数えきれないほどのフライトを経験しながらも全て無事に生還。しかし、引退前の最後のフライトで危機が迫ります。それを助けたのは一羽の鳥でした。その鳥の正体は・・・

キリスト教圏の作品ですが、いわゆる転生ものです。誰が誰に・・・というのは、私の拙い紹介だけで気付かれる方もいるかと思います。

 

『考えるロボット』。手塚先生の『火の鳥 復活編』のロビタを思い出しました。ランジュランは1900年代初めから1970年代までの間に生きた人。でも、こういう、人間の体のパーツ→機械・・・という移植ものの発想は既にあったんですね!(@_@;)

( むしろ時代が小説に追いついてきた感じしょうか?)

 

 

ランジュランにしても、今まで読んだ作家さんにしても、彼等の描くSFや仮想未来、架空の機械というものはどこか真に迫るものもあるんですね。古臭いけれど、古臭くない。

異色作家短篇集の作家さん達は、大体1900年代の前半に生まれています。

つまり二つの世界大戦や、冷戦、目覚ましく発展する科学・・・そういうのを自分の目で見て、肌で感じてきた世代です。だからこそ、リアリティ溢れるお話が描けるのでしょうね。

そして、今の創作物では当たり前の設定・アイディアというものが彼等の生きた時代に既にあったんだな・・・と改めて驚きを隠せません。

 

 

 

蝿(はえ) (異色作家短篇集)

蝿(はえ) (異色作家短篇集)